製作に携わったすべての人の心を反映した Surface Book
何かを初めて成し遂げたときの夢のような瞬間を思い出してみてください。科学コンテストで重曹を使って火山の爆発を再現したこと、補助輪なしで自転車に乗れたこと、時計を分解して修理したこと… さまざまな思い出があるはずです。そして、こう想像してみてください、そのとき世界中が息をひそめてあなたの成功を見守っていたとしたら。とても優秀で多彩な仲間があなたをサポートくれていたとしたら。そして忍耐と努力の末に、発見や達成の瞬間が訪れたとしたら、あなたはどんな気持ちになるでしょう。
Surface チームはこの 2 年間、毎日そんな気持ちで Surface Book の開発という難しい課題に取り組んできました。特に苦労したのは、独自のヒンジ部分とクリップボードの着脱機構です。ブレインストーミング、ラフ スケッチの作成、構築、テスト、廃棄をひたすら繰り返し、ときには頭を掻きむしり、ときにはハイタッチを交わしながら、プロトタイプの作成を重ねました。Surface チームが作成した膨大な量のプロトタイプについて、工業デザイナーの Kait Schoeck は笑いながらこう話します。
「この建物全体がプロトタイプで埋まってしまうのではないかと、よく冗談を言ったものですが、あながち大げさな話でもありません。このプロジェクトでは、私がこれまでに見てきた以上に数多くのモデルが作られたからです」
この Surface チームについて、簡単にご紹介しましょう。工業デザイナーチームは、多分野にわたる Surface Book 専任スタッフからごく少ない人数で構成されています。Schoeck や他の工業デザイナーは知力や創造力を存分に発揮していながら、それを自慢するどころか驚くほどに謙虚です。Surface Book のダイナミックに支点が動く設計のヒンジ部分は、工業デザイナーをはじめとする多数の明晰な頭脳の持ち主によって生み出されました。
床から天井まで積みあがるほどのプロトタイプが作成された理由の 1 つは、プロジェクトの性質にあります。チームへの要望を一言で表せば、ノート PC ハードウェアの未来をリードするようなものを生み出してほしいということでした。マイクロソフト初のノート PC というだけでなく、完璧なノート PC を作り上げるという使命にチーム全員が突き動かされ、意欲的に取り組んだ結果、機能面とデザイン面の細部にまでこだわり尽くした製品が完成しました。
Surface Book はもうご覧になりましたか。実際に手に取って、ゆっくりと開閉する魔法のようなヒンジの動きを体験されたのであれば、上部のクリップボード部分を取り外す特殊な機構や、取り外した際の高性能なクリップボードを手にしてみて、驚きを隠せなかったはずです。さすがにちょっと褒めすぎでしょうか。
少なくとも、これに近い感想を抱かれたのではないかと思います。Surface チームのスタッフは、自分たちが成し遂げた成果に興奮を抑えきれず、大きな手振りを交えながらこれまでの道のりを語ります。たとえば、Hua Wang はホワイトボードに図を描きながら、通常の蝶番とは異なる Surface Book のヒンジを生み出すまでの苦労を話してくれました。
「このヒンジは非常に興味深いものです。クリップボードとキーボードの着脱が簡単にできるのに、装着している状態では見事に一体化するのです」と Wang は、標準的なノート PC のヒンジから進化した、Surface Book の「ダイナミック フルクラム ヒンジ」の設計を図にして説明します。
「だれも予想しなかったような、劇的な瞬間を生み出すことを目指しました。従来の蝶番型のヒンジや 2 in 1 設計では、支えになる部分が必要になります。これでは洗練されたデザインとは言えません」
マイクロソフトで 2 年間キーボードやマウスの開発に携わった Wang は、Surface デザイン担当ゼネラルマネージャーの Ralf Groene からこの Surface プロジェクトに誘われた最初の工業デザイナーとなりました。Wang の情熱や専門知識を考えれば、Groene が声を掛けたのも当然と言えますし、彼の加入は功を奏しました。Wang は偶然にも優れたヒンジのデザインを思い付くきっかけをつかみ、チームの進展に貢献したのです。
Wang は新婚旅行に訪れたパリで書店に立ち寄りました。そこで見つけた洗練されたフォリオケースは、チームが Surface Book で実現しようとしていたことをまさに具現化したものでした。
「北欧製のような優れたデザインの最高級品でした。フォルダー型なので、開いたときには一体となるわけです」と Wang は説明します。数か月間、毎朝 8 時からミーティングに参加して問題解決のために頭を悩ませていた Surface チームの工業デザイナーにとって、これは決定的な解決策となりました。
Wang、Schoeck、Xbox チームから異動してきた工業デザイナーの Dan O’Neil は、いずれも Surface Book のコンセプトについて詳細に語ってくれました。コンセプトは、シンプルであり、また直観的でもあり、プロトタイプから製品化するまで改良を重ねる中で受け継がれていくものでなければなりません。Surface Book においてそのコンセプトは「本」でした。
「ガジェットではなく、物体としての美しさを維持し、無駄を完全に排除して本来あるべき姿にしたいと考えたのです」と Schoeck は言います。
「デザインチームは本という比喩に心をひかれたのだと思います」と O’Neil は語ります。「半分に折りたためる物体というイメージは、初期の段階において、この製品をどのようなものにするかと考えるうえで重要な役割を果たしました。しかし、クリップボードを取り外し可能にすることが後から決まり、この本質を維持することが非常に困難になりました」
チームは既に何百もの優れたノート PC のアイデアを出していました。それ自体はあまり困難なことではありません。しかし、ある日 Panos Panay (Corporate Vice President) と Groene が「上部を取り外せるようにしたらどうか」と考えを巡らせた結果、チームは朝のミーティングで多くの課題を突き付けられることになります。
単純な物理構造を実現するために、チームの構想の大部分は突如として白紙に戻りました。通常の蝶番型のヒンジを使用した場合、上部に高性能なクリップボードを配置すればバランスが崩れ、ノート PC はひっくり返ります。これを防ぐには、上部よりも下部を重くするしかありません。しかし、Surface チームの工業デザイナーは、問題を解決するためにさらなる問題を招くようなまねはしません。製品が無駄に重くなってしまっては意味がないのです。パリから戻ってきた Wang のアイデアが、チームに希望の光をもたらしました。
O’Neil は言います。「初期の二つ折りの Surface Book は単に美しい物体というだけで、目的がありませんでした。しかし、しだいに私たちの目指すものが見えてきました。クリップボードを取り外し可能にするという、極めて当然とも言える課題に気付いたことで、純粋に機能面から付加価値を与えられるようになったのです」
Surface Book のヒンジ部分は、巻いてあるカーペットを広げる様子によくたとえられます。底面積が広がり、重心が再配分されるため、Surface Book の上部にクリップボードを取り付けても転倒する心配がありません。これにより、下部を無用に重くする必要もなくなります。
すばらしいアイデアではないでしょうか。そして、これと共に重要となるもう 1 つのイノベーションが、クリップボードの着脱機構に使用したマッスル ワイヤーです。
フォルム面の問題を解決した Surface チームは、次にクリップボードの着脱とロックというエンジニアリング面の課題に取り組みました。マシンの頭脳を 2 か所に分散する場合 (Surface Book はキーボード部分に強力な GPU、クリップボード部分に CPU を配置)、電気系統の接続がスムーズに機能することが重要となります。デザイン面でも妥協はできません。
Surface チームが抱えるこの問題を見事に解決したのがマッスル ワイヤーでした。Schoeck は自身の功績であるとは決して口にしませんが、マッスル ワイヤーの採用を実現するうえで重要な役割を果たしたのは彼女です。彼女はロードアイランド スクール オブ デザインの授業で、マッスル ワイヤーを使って宇宙飛行士用のロボット グローブを製作した経験がありました。
このグローブは NASA 公認ではなく、完成品でもありませんが、材料の特性を最大限に活かしたものでした。マッスル ワイヤー (ニチノール ワイヤー、形状記憶合金とも呼ばれる) は、外部の刺激に反応して形状を変える優秀な材料です。Surface Book の場合は、電流が流れることで形状が変化 (縮小) し、ロック レバーが解除されます。Schoeck が授業で製作したグローブは、筋肉の疲労やけがを防ぐことを目的としていました。宇宙飛行士は厚手の与圧服を着用しているため、物を操作したり握ったりすることが非常に困難です。Schoeck が設計したグローブにはセンサーが付いており、グローブ全体に張り巡らされたマッスル ワイヤーを軽く折り曲げることができるため、宇宙飛行士はグローブと格闘することなく物を握れるようになっていました。
マッスル ワイヤーが解決策の候補に挙がったことは、Groene から Schoeck に伝えられました。マッスル ワイヤーを採用してからは、Surface チームの幅広い専門知識を活かした製品の完成まで一気にこぎつけました。
「この業界に入って大分経ちますが、これほど専門性に富んだプロジェクトは初めてです」と O’Neil は言います。
O’Neil の言うとおりだと思います。その多彩な顔ぶれのごく一部を紹介しましょう。マシンの上部と下部の超高速接続を可能にした電気エンジニア。1 g たりとも無駄がないように設計し、どれほど力を入れて引っ張っても外れない頑丈なレバー式の着脱機構を構築した機械エンジニア。あらゆる寸法を許容値に収めた製造担当者。光沢のある直線的なヒンジにするために、最適な CNC マシンとカッターを探し求めて世界中を旅した機械オペレーター。一心不乱にプロトタイプを量産したモデル製作者。コンピューターの内部は黒で統一すべきだと主張した工業デザイナーと意気投合し、ヒート パイプ用の黒い塗料を探し出した熱工学エンジニア。彼らの努力の一つ一つがすべて完成品に反映されています。ビジュアルアーティストだけでなく、チームの全員が細部まで徹底的に設計することの重要性を信じていたからです。
Schoeck は次のように語っています。「製品には心が表れます。デザインを手掛けているときは、日によって気分も変わります。しかし、そうした気分のままにさまざまなモデルを作成し、振り返ってみると、最終的にはすべてがうまくいったと感じられます。なぜなら、製品とは製作に携わったすべての人の心を反映したものだからです」
O’Neil はこう言います。「ダイヤモンドが生成される過程に似ているかもしれません。最初は炭素だったものが、圧力、時間、摩擦の最適な組み合わせによって美しく輝くのです」
Surface チームは、究極のソリューション以上のものを作り上げました。それはさながら、専門分野の枠を超えてチームの知力を信頼するプロセスです。1 人ひとりのスキルが不可欠であり、あらゆるアイデアを試しました。Surface チームは、最良のデザインを次々と実現するインキュベーターのような存在です。
優れたテクノロジは、情熱と魂を持った人間によってしか生み出されません。そして、優れた技術と優れたデザインの最高の組み合わせによって実現したのが Surface Book です。
Microsoft Design の詳細については、www.Microsoft.com/Design (英語) をご覧ください。
写真提供: Nitish Kumar Meena (マイクロソフト、ユーザー エクスペリエンス デザイナー)