2025年1月14日 5:11 PM

Dow における AI の効果: Copilot の活用で数百万ドルのコスト削減を実現

Dow における AI の効果: Copilot の活用で数百万ドルのコスト削減を実現

※ 本ブログは、米国に公開された “AI Impact at Dow: Copilot Identifies Millions in Cost Savings” の抄訳です。

輸送費用の請求システムの刷新により、グローバルな輸送業務を最適化した材料科学企業の事例。


ミシガン州ミッドランドに本社を置く材料科学企業である Dow の広大なオペレーション フロアでは、請求書の処理が絶え間なく行われています。1 日に最大で 4,000 件もの出荷に関する請求明細が、メールに添付された PDF ファイル、電子データ交換 (EDI)、紙媒体といったさまざまな形式で 24 時間 365 日処理されており、その内容は運賃の割増料金から冷蔵コストまで多岐にわたります。各請求書は同社の巨大なサプライ チェーンを構成する重要な要素であり、1 つひとつの項目を契約内容や実際の輸送状況と照合して確認する必要があります。

世界的な材料科学企業である同社にとって、スマートフォンに使用されるシリコンやマットレスの素材となるフォームといったあらゆるものの輸送費用は、事業を行ううえで不可避のコストです。同社は出荷関連費用だけで年間数十億ドルを支出しています。この出費の背後に隠れているビジネスの現実には、AI による変革の余地が大いにあります。ハイパーオートメーションと効率化が進む現代においても、数十万枚の請求書の山には、料金の誤りや見落としなどによる請求ミスが紛れ込んでおり、それが看過できないほどの過払いにつながる可能性があるからです。

Melanie Kalmar 「請求のエラーを見極めて追跡するより良い方法があれば、たとえ 1 パーセントの改善でも大きなコスト削減になるでしょう」
Dow、最高情報責任者兼最高デジタル責任者、Melanie Kalmar

「これほど多様なデータが大量に流入すると、従来のシステムでは処理しきれないばかりか、私たち人間の脳も混乱してしまいます」と語るのは、Dow の最高情報責任者兼最高デジタル責任者を務める Melanie Kalmar 氏です。同氏は数十年をかけて、手つかずだった同社のデジタル環境における可能性を探求してきました。「当社は輸送に多額の費用を投じています。もし請求のエラーを見極めて追跡するより良い方法があれば、たとえ 1 パーセントの改善でも大きなコスト削減になるでしょう」。そこで、同社はマイクロソフトと提携し、Copilot とエージェントを活用して輸送費請求書の分析プロセスを自動化し、グローバル サプライ チェーンを合理化しました。これにより、かつては想像もできなかった方法で効率化と価値を実現しました。

ここで、AI エージェントがその能力を大いに発揮します。「エージェントは、AI を活用した世界における新しいアプリのようなものです」と、マイクロソフトの AI at Work 部門の最高マーケティング責任者である Jared Spataro は述べています。「あらゆる組織が、シンプルなものから完全自律型のものまで、さまざまなエージェントを持つようになるでしょう。そうしたエージェントは、個人やチーム、部門に代わってビジネス プロセスを実行し、調整する役割を果たします。Copilot は、エージェントとやり取りする手段になります」。

Dow の請求書検証プロセスを効率化するために、チームは 2 種類の AI エージェントを構築しました。1 つ目は、Copilot Studio で作成された自律型エージェントです。このエージェントは、受信メールに添付された PDF 形式の請求書を自動的に検出し、分析に適したデータ形式に変換します。同社は、輸送費請求書の 20% (年間 10 万件以上) を PDF 形式で受け取っており、これらのデータを常に把握しておく必要があります。自律型エージェントは請求書のエラーを検出し、ダッシュボードに表示します。その後、従業員は 2 つ目のエージェントである輸送エージェントという対話型エージェントを利用し、自然言語で質問することで、「データと対話」してさらに調査を行うことができます。

概念実証フェーズに入ってわずか数週間で、従業員はこれらのエージェントを使用して、北米での陸上輸送に関する数千件の請求書を分析し、異常を検出して、潜在的なコスト削減の機会を特定できるようになりました。システムがグローバルに展開され、すべての輸送モードに完全に対応すれば、輸送関連費用と請求書の精度が向上し、初年度に数百万ドルの輸送コストを削減できると同社は予想しています。業界関係者 (英語) によると、堅牢な輸送監査プロセスを導入することで、企業は輸送費用を平均 3% 節約できる可能性があります。数十億ドル規模の費用がかかっていることを考えると、これは非常に大きな金額です。

Mike Weideman 「隠された損失の謎をエージェントが自律的に、しかも数週間や数か月ではなく数分で解き明かすのを見て、これが未来だと確信しました」
Dow、シニア IT ディレクター、Mike Weideman 氏

Dow の取り組みは、AI を活用してビジネスにおける困難な課題を解決しようとしているリーダーたちの指針となります。これは、パターンを明らかにし、非構造化データから明確な情報を抽出し、組織が受け身ではなく積極的に行動できるようにする取り組みの事例です。それは、一晩分の保管料金の追跡といった細かいレベルにまで及びます。

「本当に納得したのは、これまで手作業で行っていた請求書の確認から不一致の検出までの作業を、AI ならよりスピーディーに、しかもミスなく処理できると気付いたときでした」と、Dow のシニア IT ディレクターを務める Mike Weideman 氏は振り返ります。同氏は前出の Kalmar 氏やマイクロソフト チームと緊密に連携してきました。「隠された損失の謎をエージェントが自律的に、しかも数週間や数か月ではなく数分で解き明かすのを見て、これが未来だと確信しました」。

その未来を実現するため、同社とマイクロソフトはまず、問題の規模を評価し、Copilot とエージェントがどのようにしてその問題解決に役立つのかを見極める必要がありました。

「データを活用して、価値を最大限に引き出す」

8 月に開催されたワークショップには、同社とマイクロソフトのサプライ チェーン、IT、オペレーション部門の専門家約 20 名が集まり、検証プロセスにおける課題を共有しました。Dow の物流業務最適化マネージャーである Tami Sowle 氏は、グループに次のように説明しました。「20 ページにも及ぶ請求書が届くことがありますが、それがすでに処理済みなのか、過払いしていないかを判断する手段がないことが多いのです」。同氏のチームは手作業によるチェックと調整に忙殺され、特に遅延や温度管理、追加サービスに関連する不明瞭な「付帯料金」が記載された複雑な請求書の監査を効率的に行うことができていませんでした。

この認識はプロジェクトの目標を明確にするのに役立ち、請求書処理が、AI によってワークフローを再構築できる可能性を秘めた有望な分野となりました。「これが私たちの最優先事項でした」と、マイクロソフトのプリンシパル ソフトウェア エンジニアである Brennen Cage は述べています。「これこそが、Copilot とエージェントが最初に大きな成果を上げることができる領域です」。

AI の導入を考えているすべてのビジネス リーダーにとっての教訓は、まず最も大きな課題に取り組み、次に AI を適用することです。そして、より迅速かつ効率的に行うことで組織に革新的な変化をもたらす可能性のあるプロセスを 1 つか 2 つ特定します。

Dow のチームは、北米の陸上輸送に関連する請求書に焦点を絞りました。陸上輸送は、航空輸送や船舶輸送と比較してシンプルだからです。扱いやすい一部の請求書に対象範囲を絞り込むことで、チームは Copilot の可能性をより迅速に実証することができました。

ワークショップの後、Cage は 輸送エージェントの構築を主導し、マイクロソフトのテクノロジを基盤とするDow の統合データ ハブ プラットフォームを活用して、わずか 48 時間足らずで 2024 年の 8 か月分のデータを取り込みました。このデータには 43,000 件の輸送に関する請求金額が含まれていました。そして、ここからが本番です。Cage は Copilot で自然言語を使用して、エージェントに指示を出しながら、パターンを探し始めました。

すると数秒のうちに、異常が浮かび上がってきました。Copilot は、項目別に分類された長い請求概要のリストを提示しました。項目をクリックすると、そのサービスや輸送の推定コストまたは予想コストと、実際に請求された金額、そしてその差額を示すモジュールが表示されました。

Cage はある項目に注目し、「これだ」とつぶやきました。通常の料金が 5,000 ドルであるのに対し、ある特定のケースの追加料金が 30,000 ドルと表示されていました。さらにいくつかの指示を出すと、複数の輸送で料金が 10 倍に跳ね上がっているケースが見つかりました。それらは膨大なデータの中に埋もれていたのです。


データとの対話

輸送エージェントに質問することで、Dow の従業員は請求書の異常をすばやく把握できるようになりました。たとえば、予想コスト (発生したコストの総額) と請求書に記載された金額 (請求総額) の不一致などです。

データとの対話

さらに、Cage が Kalmar 氏のチームにシステムのデモを見せると、チームは目を見張りました。通常は数時間から数日、数週間にわたる手作業の請求書監査で検出していた請求書のエラーを、わずかなキー操作で特定できるようになったからです。各行に、大幅な節約の機会が既に見えていました。このとき初めて明らかになった同社の輸送業務の実態を目の当たりにして、Weideman 氏は「まさに、これが必要だったのです」と声を上げました。

より詳細なデータを投入することで、新たに次のような問題が見えてきました。特定の物資の輸送費がなぜこれほど高いのか? 請求書が重複していないか? どうすれば荷降ろしの遅延を減らせるか?

「データから最大限に価値を引き出すことができる、これこそが可視化の力です」と、Spataro は述べています。「最終的には、Dow におけるあらゆる情報の活用方法を変革する予定です」。

このパイロット プロジェクトの成功から、組織のデータを基盤として AI を実装することがいかに重要であるかがわかります。Dow がエージェントを活用したワークフローを展開する中で、データ基盤の安全性はさらに重要になります。データ基盤の安全性を確保することで、システムがグローバルな輸送および請求プロセス全体にわたってデータとアクションを管理できるようになるためです。

エージェントが拓く未来

Dow のサプライ チェーンを支える先進的なアイデア インキュベーターとして整備された、デジタル フルフィルメント センターという施設があります。ここで、同社のグローバル ISC イノベーション ディレクターを務める Jeff Tazelaar 氏が、Copilot ダッシュボードを表示した映画館サイズのスクリーンの前に立っています。チーム内の Copilot の「スーパー ユーザー」たちに、自律型エージェントのネットワークが連携して動作することで近い将来に実現し得る可能性を示しているのです。

たとえば、ミシガン州にある同社の施設からコロラド州に向けて、予定ルートで出荷が行われたとします。トラックが出発すると、気象モニタリング エージェントが氷雨を伴う暴風に関する警報を検知します。システムは潜在的な影響を認識し、コスト検証エージェントに更新情報を送信して、新たに発生する可能性のある料金 (追加の通行料や燃料費など) を元の契約条件と照らし合わせ、一致しているかどうかを確認します。不一致があった場合は、確認のためフラグを立てます。同時に、顧客通知エージェントが天候による遅延の可能性を Dow のパートナーに通知し、透明性を確保しながら積極的なコミュニケーションを行います。各ステップでは、それぞれのエージェントが物流や財務に関する詳細を相互に確認し、手作業による操作なしでリアルタイムの状況に迅速に対応できるようサポートします。このように合理化されたエージェントのネットワークにより、予期せぬ追加料金の発生を避けながら、出荷物が確実に目的地に届くようにし、時間とコストの両方を節約します。

Jeff Tazelaar 「当社では既に、サプライ チェーン全体でエージェントを活用するために、物流とオペレーションに影響を及ぼす 100 以上のユースケースを特定しています」
Dow、グローバル ISC イノベーション ディレクター、Jeff Tazelaar 氏

これはまだ始まりに過ぎません。Tazelarar 氏は「当社では既に、サプライ チェーン全体でエージェントを活用するために、物流とオペレーションに影響を及ぼす 100 以上のユースケースを特定しています」と述べています。そして、単にコスト削減だけを目指すのではありません。企業が AI 戦略を成功に導くためには、守りと攻めの両方が必要です。つまり、収益拡大とコスト削減の両方を追求するということです。

現在稼働している自立型エージェントは、受信メールに添付された PDF 形式の請求書を監視するものだけです。しかし、この単一のエージェントだけでも、同社はコスト削減と業務変革のための大きな可能性を可視化できるようになりました。

成功を足がかりにさらなる発展を

来年には完全なエンドツーエンドのシステムが導入される予定であり、同社の物流チーム、IT チーム、調達チームは、これが大きな転機になると捉えています。「このシステムは、私たちの仕事の進め方を改善し、生産性を向上させてくれます」と、物流部門の Sowle 氏は語ります。「エージェントがデータを基にアクションを起こし、問題を修正してくれるので、私たちが複数の情報源からデータを引きだして、何とか理解しようとする必要はありません。そう考えるだけで心が躍ります」。

これこそ、同社のデジタル変革を率いる Kalmar 氏が聞きたかった言葉です。Dow のような巨大なレガシー組織に AI を導入するには、教育と少しの後押しが必要です。また、計画的なスキルアップと導入プログラム (英語) が不可欠であり、こうしたツールの導入は IT 部門だけでなく組織全体の課題 (英語) です。

「エンド ユーザーから CEO まで、誰もを納得させるためには、結果がすべてです」と、Kalmar 氏は語ります。「これほどの大幅なコスト削減に結びつく成果を示せるなら、もはや説得は必要ありません。重要なのは、実装が完了した時点でそのコスト削減を実現し、それを会社の業績に結びつけて追跡できるようにすることです」。

Tami Sowle 「エージェントがデータを基にアクションを起こし、問題を修正してくれるので、私たちがデータを理解しようとする必要はありません。そう考えるだけで心が躍ります」
Dow、物流業務最適化マネージャー、Tami Sowle 氏

現在 Kalmar 氏は、輸送コストにとどまらない未来に目を向けています。研究開発からカスタマー サービスまで、エージェントと自動化によって社内のワークフローを根本的に再構築する準備をしているのです。成功を重ねるたびに新たな好奇心が芽生え、その変化は同社の至るところで感じられます。

「私たちの成功が社内に広まっています」と、Kalmar 氏は誇らしげに微笑みます。「皆がドアをノックして、『ちょっと手伝ってもらえませんか?』と言ってくるんです」。


Dow の事例に学ぶ

AI による変革を始めるためのポイントを以下のとおりご紹介します。

最も大きなプロセスの課題を特定し、AI を適用する: Dow のプロジェクトが示すように、大きなビジネス課題を特定し、それに AI を適用することが重要です。同社の場合はサプライ チェーンにおける特定の側面でしたが、これはあくまでも一例です。重要なのは、そのプロセスをより速く、安く、優れたものにすることができれば、ビジネスを大きく変革できるという箇所から始めることです。

組織のデータを基盤として AI を実装する: 自社のデータや知識を基盤として AI を運用することで、目標やニーズに合わせて AI を導くことができます。エージェントの機能が進化するにつれて、安全なデータ基盤がさらに重要になります。データ基盤の安全性を確保することで、エージェントが異なるシステム間でデータやアクションを管理できるようになるためです。Dow は、PDF 形式の請求書からデータを抽出するためのエージェントを導入することで、これまでデジタルの中に埋もれていた価値を引きだすことができました。

進捗状況を測定する: 最初の段階から KPI を設定しましょう。AI による影響を測定することで、アプローチを調整したり、適用範囲をプロセスの大部分に拡大したり、新たなプロセスに取り組んだりする必要があるかどうかを確認できます。Dow では、まず管理しやすいサプライ チェーンの一部に Copilot とエージェントを適用し、その結果を測定しました。そしてその成功を基に、AI による効果を期待できそうな他のプロセスを検討しています。


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