2022年6月27日 11:30 PM

未来へとつながる、伝統文化×テクノロジ の可能性(後編)〜表現者と技術者の思いが交わるとき〜

2022年4月23日に開催された、いけばな小原流の東京支部創立100周年記念特別講習会において、五世家元である小原宏貴氏による、いけばなと MR(Mixed Reality / 複合現実)技術の融合したパフォーマンスが披露されました。前編では、このパフォーマンスが実現した背景と、実際に披露された模様をレポートしました。後編では、家元と MR 技術を提供した南国アールスタジオ代表取締役の秦氏のインタビューから、MR が実現する未来を探ります

前編はこちら:未来へとつながる、伝統文化×テクノロジ の可能性(前編)〜HoloLens 2 を用いた、いけばなのライブパフォーマンスレポート〜 – Windows Blog for Japan

ステージパフォーマンスのレコーディング映像はこちら:

 

MR でいけばなを「多言語化」し、日本文化を広めるきっかけに

いけばな小原流五世家元

小原 宏貴氏

試行錯誤を繰り返した2年前のいけばな × MR パフォーマンス

―2年前のシアトルでのイベント(「IKEBANA × TECHNOLOGY」)開催にあたり、当時のシアトル日本国総領事だった山田洋一郎氏(立命館アジア太平洋大学特別招聘教授)から、いけばなと MR の融合パフォーマンスを依頼されたときの気持ちをお聞かせください。

小原 そもそも HoloLens のようなデバイスがあることを知らなかったものですから、最初はよく理解できなかったというのが率直な感想です。ですがお話を聞くうちに、実作品の周りに鳥を飛ばせたり月を浮かべたりできるということを知って、多くの人が日本の文化に親しめるきっかけになるのではないかと期待を抱きました。

2年前のシアトルでのステージパフォーマンスの様子

参考:生け花と Mixed Reality テクノロジーのコラボレーション 「IKEBANA × TECHNOLOGY」開催レポート – Windows Blog for Japan

参考:[HoloLens 2] いけばな小原流&在シアトル日本国総領事館事例 Mixed Reality で進化する日本の伝統文化 | 日本マイクロソフト

 

―当時から日本文化を広めたいという思いを強く持っていらっしゃったのですね。

小原 はい。日本の、特にいけばなのような伝統文化というものは、どうしても敷居が高いイメージがあると思うんです。確かに、経験を積まなければわからないことや、やったからこそわかる奥行きの深さもあるのですが、私は、いけばなの魅力や日本人が培ってきた感性を、簡単かつ直感的に理解してもらう、いわば「いけばなの多言語化」の必要があることを常々感じていました。

―「いけばなの多言語化」とはどういった概念なのでしょう?

小原 直接的な言語という意味ではなくて、伝える手段や選択肢の幅を広げること。例えばいけばなで表現される、季節に応じて変わる自然の風景を、音楽や身体の動きで表現することも多言語化のひとつだと思っています。ですから MR を用いた表現も、言葉や世代を超えたいけばなの多言語化に繋がるのではないかと感じたのです。

―そこからイベントの実現に向けてどのような準備をして臨んだのでしょうか?

小原 なにしろ初めての経験ですから、かなり手探りでしたね。例えば、2年前は MR 空間での CG 表現が今ほど精細ではなかったので、花を CG で描画しようとすると実物とのギャップが大きすぎて、表現したいものとは違う印象を持たれてしまう懸念がありました。それなら花は実物を使って、鳥や風や月といったその他の自然の要素を CG で表現するのはどうだろう?といった具合に、みんなでアイデアを出しながら、試行錯誤を繰り返しつつ準備を進めました。

―当時、どのような気づきが得られましたか?

小原 他分野の方と一緒にパフォーマンスをつくり上げることで、いけばなの専門家である私たち以外の方々から見た、いけばなの魅力や、私たちが思いつかないような表現方法が生まれることを知ったことです。まさに多言語化そのものと言いますか、関わっていただいた皆さんのおかげで、いけばなや日本文化をわかりやすく翻訳できました。逆に言うと、内部の人間だけでブレイクスルーを起こすのは難しく、トラディショナルなものほどそういった傾向があると感じましたね。

 

2度目のパフォーマンスで感じた、技術の進化と未来への可能性

―それから2年経って今回2度目のいけばな × MR パフォーマンスに臨まれたわけですが、新たにどのような挑戦をしたのでしょう?

小原 この2年で CG の再現精度が向上したことを受けて、「フォトグラメトリ」という技術を使った花自体の再現に挑戦しました。360度、くるくる回しながら裏側や下側からも見られるのは、実はいけばなをやっている人ほど驚く技術なんです。精細なままで花を通常の何百倍に拡大できるのも面白かったですね。

それから、先代家元である私の父を CG で再現した演出が大変好評だったのですが、実は言葉を喋ってもらうプランもあったんです。南国アールスタジオさんから、生前の発話記録があれば技術的には可能と伺ったのですが、父は故人ですし、あまり過剰な演出をするより身振りだけの方があの場にはふさわしいだろうということで、今回はその技術は使いませんでした。

今回のステージパーフォーマンスで CG で再現された先代家元と対面する様子

 

―余韻が残って素敵な演出になっていたと思います。先代家元の CG のモーションキャプチャは家元ご自身が担当されたとか。(詳細は前編参照)

小原 そうなんです。モーションキャプチャというと全身にセンサーを着けてスタジオのグリーンバックの前で撮影するイメージだったのですが、今は大掛かりな装置は必要なくて、その場でデジタルカメラやスマートフォンで撮影した動画を CG 加工できるソフトがあるんですね。2年前と比べて表現できることの幅が大きく広がっていて、HoloLens 2 や関連ソフトウェアの進化には驚かされました。

―苦労した点や感じた課題などはありますか?

小原 技術の進歩を感じた反面、それを操作する人間の重要性も感じましたね。音とのシンクロや映像に映したときに見えやすい立ち位置などはかなり練習が必要でした。リハーサルでうまくいかなかった部分や、見ていた皆さんには気づかれていない本番中のトラブルもあったので、パフォーマンスが終わったときにはとにかくほっとしました。

―改めて、パフォーマンスを通して感じたことをお聞かせください。

小原 改めて感じたのは、伝統的な文化と最先端のテクノロジの相性のよさです。自然を愛する気持ちや親子の絆というトラディショナルなストーリーが、最新技術を使うことによって、より鮮明に表現できたと感じます。

また、パフォーマンスに限らず、私たちの活動にもテクノロジを生かせる部分がたくさんあると感じました。例えば今回使った花を 3D で再現する技術を使えば、これまでは絵や 2D の写真でしか残せなかったいけばな作品の記録を、より精密に残せるようになります。名作を後世に引き継ぐデジタルアーカイブも実現できるのではないでしょうか。

―今後どのような挑戦をしていきたいですか?

小原 伝統文化の根底に流れる精神性はいつの時代も不変なものです。ただ一方で、それをどのように伝えていくのかは、さまざまな選択肢や方法論があっていいと思います。最先端の技術やいろいろな分野の方々と関わりながら、多くの人にいけばなに触れていただけるように表現していくのが、私の使命だと考えています。

今回、シアトルで初めてパフォーマンスを行なってから2年の間に、アプリケーションやソフトウェアがこんなに進化していたことに驚きました。さらに数年後にはどんな進化を遂げているのか、とてもワクワクしています。これからも最先端技術を使ったデモンストレーションを続けて、世界中の人々に日本文化を知っていただけるよう貢献していきたいと思います。

参考:いけばな小原流公式HP

 

XR 技術を活用して、リアルの世界に価値をもたらす体験を

南国アールスタジオ株式会社

代表取締役

秦 勝敏氏

実例が少ないなかで、いけばな × MR パフォーマンスに挑戦

―貴社が提供されているサービスについてお聞かせください。

 当社は、企業の VX(Virtual Transformation)の支援に特化した、企業向けメタバース基盤「WHITEROOM」の企画・開発・運営を行っている会社です。 またイベント・観光・教育などのコンテンツ制作にも力を入れており、日本マイクロソフト様とはイベントや社会貢献プロジェクトなどでコラボレーション事例が多数あります。

―2年前のシアトルでのイベント(「IKEBANA × TECHNOLOGY」)で依頼を受けたときはどのように感じましたか?

 当時はまだ HoloLens 2 が発売される前でした。技術的に実現可能なことはわかっていたのですが、実例もほとんどない中でかなり挑戦的な取り組みだったことは事実です。ただ、社内に新しいもの好きが多いこともあり、すぐに「やってみたい」という声が上がりました。私としても、日本マイクロソフトさんからのたっての要望ということもあり、「やってやろう」という気持ちでしたね。

―実際に参加してどのようなことを感じましたか?

 会社としても幅が広がりましたし、関わった社員も成長できたと感じています。私たちが扱う技術要素は、社会に浸透するまでに時間がかかるものが多いので、普及のためには実際にたくさんの人に身近に感じていただくことが重要です。こうした近未来の体験を通して多くの人に見ていただくことで、「こんなこともできるんだ」「じゃあ、こういうこともできるのかな?」と思っていただけたと思っています。実際に、クライアントから「いけばなの動画見たよ」と言われることもよくあるんですよ。

2年前のシアトルでのステージパフォーマンスの様子

 

バーチャルにリアルのタッチポイントを融合させて新たな価値を創造する

―それから2年が経って、今回の東京支部創立100周年記念特別講習会での家元のパフォーマンス実施にあたり、どのようなオーダーがあり、どのような技術を提供されたのでしょう?

 家元のリアルの作品にバーチャルな花材を生ける「バーチャル挿花」をしたいというオーダーと、四世家元との親子の対面を実現したいというオーダーがありました。

バーチャルな花材については、「フォトグラメトリ」という技術を用いて作成しました。これは写真などから 3D モデルを生成する手法で、様々な観測点から撮影した写真などの視差情報を解析・統合して、3D モデルを生成する技術です。これまで 3D で花などを表現する際は CG デザイナーがモデリングするなどしていたのですが、今回は実際の花材をフォトグラメトリーで 3D 化しているので、再現性がかなり高まったと思います。

親子の対面の場面では、四世家元の写真をもとに 3D モデルを作成し、当代家元にポージングしていただいた映像から、画像解析を利用してモーションをキャプチャしました。そしてこれらの素材を HoloLens 2 のコンテンツとして組み合わせて、最新技術を活用した未来のいけばな体験のデモンストレーションとなるよう演出しました。

また、今回は新たに「オクルージョン」という技術を取り入れています。これはカメラに映った CG に実際の人物が重なる際に、CG とリアルの人物を正しい位置関係で描画する技術です。これを使って、いけばなが持つ空間的、意味的な奥行きを表現できるよう工夫しました。

今回のステージパフォーマンスで バーチャル挿花を実施する様子

―苦労された点についてお聞かせください。

 当社は普段からこうしたライブパフォーマンスを専門としているわけではないこともあり、大規模会場での実演の難しさを感じました。照明、暗視カメラ、空間特徴、コントラスト、Wi-Fi 環境などの影響で、社内では動いていたアプリが本番の舞台でうまく動作しないなどの事象に悩まされました。改めて、MR コンテンツのリアルタイムライブの難しさを感じました。

―MR を含む XR(クロスリアリティ)技術が伝統文化や芸術と融合する意義についてどのようにお考えでしょうか?

 XR 技術で実現できる表現の幅はかなり広がっています。ただ、表現者の側から技術活用のニーズが出てくることが理想の形だと思いますので、今回の事例のように、ぜひアーティストの皆さまには XR の技術を使っていろいろな新しいことに挑戦していただきたいと思っています。先端技術を活用することで表現の可能性が広がり、さらに技術も発展する相乗効果を期待しています。

今回のステージパフォーマンスの様子

―XR 技術はどのような可能性を秘めていると感じていますか?

秦 XR 技術においては、ソフトウェアの進化が加速していると感じています。デバイスとの組み合わせを慎重に考慮すれば、非常に新しい体験をつくり出すことができると思います。

新型コロナの影響などもあり、企業においてはデジタル化が進み、多くの部分で生産性が向上したと思います。しかし一方で、対面の時にはできていた事、例えば熱い議論や休憩時のちょっとした立ち話など、やりにくくなったコミュニケーションもあると思います。

私が XR 技術に期待するのはこうした部分です。バーチャルにリアルのタッチポイントをうまく融合させることで、人々の現実世界の生産性や生きやすさにつながる、そういった体験やサービスが、これから重要になるのではないでしょうか。

当社ではこれからも、XR 技術を活用して、リアルの世界に価値をもたらすような体験やサービスの一翼を担えればと思っています。

参考:南国アールスタジオ株式会社公式HP

 

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